STAP細胞を飲んだ話

 

STAP細胞」を覚えているだろうか。

 

2015年、何かと日本を騒がせたSTAP細胞。僕はゴリゴリの文系なのでそれが一体何かは知らないが、連日のようにニュースになっていたので記憶にある(2015年以降に生まれた方は知らないかもしれない。詳しく知りたい人は今目の前にある機械で調べてください)。

発見者の小保方さんは会見で「STAP細胞はありまぁす」と言っていたが、本当にあると思った人は少ないのではないだろうか。

僕は、あると断言する。何故ならSTAP細胞を飲んだからである。

 

2016年冬の出来事である。僕はある用事で東京にいた。東京には大学の後輩と、その後輩と一緒に住んでいる同級生がいる。用事が済んだ僕は、せっかく東京に来たのでその二人と会っていた。

後輩の家の近くの井の頭公園に行き、三人でふらふらと遊んでいると突然後輩がこんなことを言い出した。

「このあたりに、小島さんの好きそうな怪しい店があるんですよ」

僕は怪しい店が好きだ。エッチな店ではない(エッチな店は嫌いではないけど)。裏路地にひっそりと佇む、人を寄せ付けぬ外観をした、怪しげな店主が一人でやっているような店が好きなのだ。

「この間見つけたんですけど、二人じゃちょっと入りづらくて…小島さんが東京に来た時に行こうって二人で話してたんです」

と後輩が言う。

それならば行くしかないだろうと、井の頭公園を出た。しばらく住宅地を歩いているとその店はあった。

まだ明るいのに妙に暗い雰囲気が漂う店。ペンキが剥がれた白い門があり、営業中なのかも分からない。こういう店は好きだが、入るのには流石に勇気がいる。意を決して、僕たち三人は中に入った。

 

店は古い木造の建物だった。きっと何十年も前からあるのだろう。真ん中に大きな机が一つあり、その周りを椅子が囲んでいる。

すると、奥からおばさんが出てきた。店主だろう。あまり来客がないのか、僕たち三人にやや驚いている様子だった。

店主は僕たちにお茶を出しながら「うちの店はどうやって知ったの?」と聞いてきた。「いや、なんか偶然通りかかって気になったものですから…」と後輩が答える。「気になる店…そうね、フフフ」とちょっと嬉しそうに言った。

この店は昔からやっている団子屋であった。僕たちはその名物の団子を注文した。団子を待っている間、店内を見渡すと謎のスピリチュアルなポスター脱原発と大きく書かれたポスターが貼ってある。この時点で気付くべきだったのだ。この店はただの団子屋じゃないと…

 

出てきた団子はとても美味しかった。柔らかい団子で、あんこときな粉とシナモンの味があった。出していただいたお茶によく合う。食べ進めていると、店主のおばさんがこんなことを言い出した。

「私、前世占いができるんだけど、貴方達やっていく?」

前世占い…?団子屋なのに…?

気になった僕たちは受けることにした。というか、受ける以外の選択肢はない。店主から紙を渡され、そこに生年月日と生まれた時間を書いた。生まれた時間を書く理由は、そこまで細かく書くと占いの精度が上がるからだそうだ。後輩と同級生は生まれた時間までは覚えていなかったようだが、僕は親から「19時30分」と聞いたことがあるので、しっかりと紙に書いた。

紙を受け取り、店主が「じゃあ占ってくるから、その間にこれを読んでて」と何かが書かれた紙をくれた。そこには前世はある!というような話と、店主自身のスピリチュアル体験が書かれていた。さらには「この世界の真実をお勉強しましょう」と、さまざまなワードが並べられた紙ももらった(うろ覚えなのだが『ニコラ・テスラ』と書かれていて笑ってしまった記憶がある)

その後、店主が占いの結果を持ってきたが、何を話したか、なんと書いてあったかは正直覚えていない。なぜなら占いの結果が後輩とまったく同じだったからだ。一気に興味が失せてしまった。あんなに細かく書いたのに。前世が同じって魂が二分割されてるじゃねえか。

 

その後の話が強烈だったのだ。前世の話をしてるうちに、急に原発のことについて語り出したのだ。もはや団子も前世も関係ない。NO NUKESなのだ。

話についていけず次第に愛想笑いが増える三人。後輩の愛想笑いには力がなく、同級生に至っては「えーすごい」としか言っていない。僕の頭の中ではKraftwerkのRadio-Activityが流れていた。
※この曲 https://youtu.be/IWsQgmq-fNs

 

そんな三人をはるか後ろに置いてきぼりにし、爆走する店主。

すると、ついにSTAP細胞の話になったのだ。

STAP細胞はね、本当はあるのよ。九州の◯◯博士が研究してて、そこに小保方さんも元々そこにいて…」

念のため書いておくが、裏の取れていない話である。信じるか信じないかは貴方次第、ホンマでっかな話である。

そして、「その博士が作ったSTAP細胞をね、私も作って飲んでるのよ」と言ったのである。

 

STAP細胞

作って

飲んでいる。

 

STAP細胞はあったのだ。しかも団子屋のおばさんが作っていたのだ。これには小保方さんも驚きだろう。

 

STAP細胞作ってるんですか?すごいですね」と僕が言ったその時、店主がニヤッと笑った。嫌な予感がした。

 

「……飲みたい?」

 

鉄爪(ひきがね©️世良正則)を引いてしまった。

完全にSTAP細胞を飲む流れだ。

 

だが、ここまで来たらいっそ飲んでみたい。だってあの天下のSTAP細胞を飲めるチャンスなのだ。ここで逃せば一生飲む機会はないだろう。(そもそもSTAP細胞が存在するのか?というナンセンスな問いは無視する)

ただ、一人で飲むのは嫌だったので

「いいんですか!?じゃあ彼にもお願いします!」と後輩を指しながら言った。後輩の顔は引きつっていた。元はと言えばお前が行きたいと言った店だ。俺とともに心ゆくまで楽しめ。

それを聞いた店主は奥から一本の500mlペットボトルを出してきた。やや茶色く濁った液体が入っている。これがSTAP細胞なのか。

親切なことにSTAP細胞の作り方まで教えてくれた。が、だいぶ前の話なので忘れてしまった。国家機密レベルの情報だったのに…確か、水を入れたペットボトルに米粒と黒糖を入れ、数日間放置する…という至ってシンプルな作りだった。小保方さんのあのノートにも書いてあったに違いない。

店主がフタを開けるとプシュッとコーラを開けるような音がした。

「これがね、STAP細胞のパワーなの。すごいでしょ。この間2リットルのペットボトルで作ったらパワーが凄すぎてキャップが天井まで飛んだのよ」と笑いながら言った。その頃にはもう「そうなんですね…」と力なく返すことしか出来ないくらい、我々は疲弊していた。

 

目の前に出されたショットグラスに、STAP細胞を注がれる。これがSTAP細胞か…注ぐとちょっと泡立つんだな……と思った。

後輩が勇気を出して一口舐める。顔がしわくちゃになる。酸っぱいようだ。

こういうのは一口ぺろっと舐めると次の一口にいけなくなる、と思った僕は思い切って一気に、まるでテキーラを飲むかのごとく飲み干した。味は確かに酸っぱかった。どこかヨーグルトと日本酒が混ざったような味がしたのを覚えている。一気飲みする姿を見た後輩と同級生がちょっと引いていたのも覚えている。なんなら店主もちょっと引いていた。なんであんたが引いてるんだよ。

 

こうして、僕の身体の中にSTAP細胞が入ったのだった。今もあれはSTAP細胞だったと信じている。STAP細胞でなければ僕はS(酸っぱい)T(ただの)A(怪しい)P(ペットボトル汁)を飲んだだけになるからだ。

 

その店に行ったのは一度きりだったので、今もおばさんがSTAP細胞を飲んでいるかは知らない。ただ、こういう寒い日に外で冷たい風に当たると、喉の奥にあの酸っぱさが蘇ってくるのだ。

 

 

 

 

 

その後後輩は友達を連れてもう一度行ったらしい。店主のおばさんもかなりびっくりしていたとのことだ。そりゃそうだろう。ただ、団子が美味しかったのでまた行きたいとは思っている。STAP細胞は遠慮したい。