乗りたい車と本当のロッカー
去年、ようやく普通自動車免許を取得した。
高校を卒業し、大学に進学する時、ありがたいことに祖母が車校(余談だが、自動車学校のことを車校というのは中部地方だけらしい。便利だから使ったらいいのに)の費用を用意してくれていた。にも関わらず、通いはじめたのは去年。大学に進学したのは6年前だ。理由は、原付の免許を持っていたので、それほど困ることもなかったからだ。それに大学も忙しくて……ごめんなさい、めんどくさかったからです。本当にどうしようもない。
だが、通い始めてからは新しい発見の連続だったので面白かった。アクセルをふんわり踏み込むとゆっくり車が動き出す。それだけで楽しい。ガンダムに初めて乗ったアムロと同じだ。「こいつ…!動くぞ…!」と思った。残念ながらニュータイプではないので運転に慣れるまでかなり時間がかかってしまったが。
僕を指導してくれていた教官は、見た感じ僕の一つか二つ歳上くらいの若いイケメン教官で、いつもダルそうだった。僕の覚えが悪いのでよくミスをしたが、その度に露骨に嫌そうにしていた。昼過ぎだといつもあくびをしながらの指導だった。
乗車中、教官とよくたわいもない話をした。だが、教官とあまり趣味が合わず、会話はまるでローギアで走る車のようにガタガタとしていてスムーズではなかった。例を挙げるなら、路上を走っていて「この辺に美味しいご飯屋ってないの?」と聞かれ、「◯◯ってラーメン屋が美味しいですよ」と言うと「ラーメン好きじゃない」と言われ、逆に「どこか美味しいご飯屋知ってますか?」と聞くと「スシロー」と答えられる……という具合である。スシローは美味しいが、求めていた答えとは違う。(書いてて思ったが、嫌われていたのかもしれない)
ある時、教官に「免許取ったら何の車に乗るの?」と聞かれた。車校でよくありそうな会話である。おそらく、他の生徒にも聞いているのだろう。
僕にはちょっとだけ憧れている車があった。日産のラシーンという車である。(参考までに→https://goo.gl/VHyFcz)この車を知るきっかけになったのはceroのSummer Soulという曲のMVだ。(これも参考までに→https://youtu.be/lfETQNfBAD4)このMVに出てくるのがラシーンだ。あと、大好きな漫画「干支天使チアラット」にも出てくる。今の車にはない角ばったデザインで、どこまでも行けそうなフォルムをしている(実際どうかは知らない)。いつかこのラシーンに乗って、修学旅行で行った北海道の真っ直ぐな道を走ってみたい…と妄想していた。
「日産のラシーンって車に乗りたいなと思ってます」と、僕が言うと「ラシーン?知らんなあ…」と言われた。車校の教官なのだから車には詳しくあれよ…と思ってしまったがちょっと古い車なので知らなくても当然かもしれない。
すると教官が「ラ・ムーなら知ってるけどね…」と言うのだ。
ラ・ムー?
ラ・ムーってあの菊池桃子のラ・ムーか?
ご存知だろうか。かつて「ラ・ムー」という伝説のロックバンドがいたことを。アイドルだった菊池桃子が突如結成し、「愛は心の仕事です」や「少年は天使を殺す」「Tokyo野蛮人」といった名曲で知られるロックバンドである。というか、この三曲しかシングルを出してないし、アルバムも一枚だけである。若き日の大槻ケンヂが「本当のロッカーとは!!ラ・ムーのボーカリスト!菊池!!桃子さんだぁ〜〜!!!」と声高に叫んでいたので、高校生の頃、試しに聴いてみて衝撃を受けた。菊池桃子の消え入るような細々とした声、独特のリズム、凝ったバックコーラス…「これが本当のロックンロールか!!」と信じ込んでいた。
……話を元に戻そう。そんなラ・ムーという単語がまさかこれまで一つも話が噛み合わなかった教官の口から出ようとは。
初めて話のギアが繋がるかもしれない、と思わず
「菊池桃子のことですか!?」
と聞くと、
「………は?」
と返された。どうやらラ・ムーという店が近所にあるらしい。話はそこでエンストした。
午後、四十代くらいの別の教官に同じ話をしたらめちゃくちゃ笑ってくれたので、僕は悪くない。
こんなにも書いたが、教官は悪い人ではなかったし、何よりもこの人のおかげで車を運転できるようになったのだ。とても感謝している。
残念なのは、車を運転する予定が全くないということだけだ。