“隠れてお尻を出している状況”をどうにかしたいのですが

「PayPayの背景変えられますよ」

 

 そう教えてくれたのはミニストップの店員だった。

 

 PayPayに登録したてだった私は困惑した。まず、「背景が変えられる」の意味が分からなかった。「どういうことですか?」と尋ねると、「ここを押してここの画像を押すと変わりますよ」と丁寧に解説してくれた。試しにガス会社のクマ?の画像を選択すると、確かにバーコードを表示している画面がかわいいキャラクターに切り替わった。

 

 しかしなぜ、そんなことを教えてくれたのだろうか。とりあえず、「ありがとうございます」と返したが、あまりの突然の出来事に頭の処理が追いついていなかった。PayPayを使う人にとって、背景を変えることは当たり前のことなのだろうか? もしかしたら背景を登録していないのは、服を着ていないことと同じことなのだろうか? そうなると「PayPayで」と得意げな顔で裸のバーコードを出すことは、得意げな顔で下半身を露出しているのと同義である。さりげなく背景の変更、つまりパンツを履くことを勧めるだろう(通報されなかっただけありがたい)。

 

 店に行き、物品またはサービスと引き換えに金銭を差し出す行為。これは短時間で行い、かつトラブルが発生しないように機械的に処理される。人為的なトラブルがない分、セルフレジの方がよほど便利かもしれない。ただ、セルフレジの導入をしているところは少なく、大抵は店員とのやりとりになる。そして書くまでもなく当たり前だが、店員は機械ではない。人間なのだ。ゆえに、売買以外のやりとりがごくたまに発生する。その瞬間、機械とのコミュニケーションにはない、温度のある「人間」とのコミュニケーションが生まれるのだ。

 

 忘れられない店員とのやりとりがある。何年か前、深夜にファミリーマートへ行った。そのファミマは繁華街の中心にあった。店に入るとどこの国だろうか、黒人の店員が揚げ物の機械を掃除していた。来店した私をちらっと見ると、大急ぎでゴム手袋を外そうとしたので「いいですよ、急いでないですよ」と一声かけた。他に客もいなかったし、急いでいなかったので洗い終わるのを待つことにした。少しして、店員が洗い物を終えたので私はライターを購入した。すると、

 

「アナタヤサシイネ」

 

 と、店員に突然声をかけられた。片言だったが詳しく話を聞くと、この店はレジが遅いとめちゃくちゃ怒る客が多いとのことだった。たしかに繁華街の中心にあるので酔った客も多く、客の質は悪そうである。だから、急いでないですよと言ってくれたことが嬉しかった、と。

 

「そのくらい待ってもいいですよね」

 

 と私が言うと、彼は笑っていた。

 退店する時に、彼は

 

「ココロヲヒロクネ!」

 

 と、腕を大きく広げて言った。私は嬉しい反面、申し訳ない気持ちになった。異国の地から日本に来て、慣れないことだらけの中で彼に強く当たる人がいたこと。にもかかわらず「心を広く持とう」と思わせてしまったこと。店員は人間なのだ。自分と同じように、赤い血が流れているのだ。辛く当たられれば辛いのだ。これまでも店員に強く当たったことはないが、これからも感謝の気持ちを忘れてはいけないと思った。

 

 先述したPayPayの背景の変え方を教えてくれた彼女とのやりとりで、改めて私は買い物の際に人間とやりとりをしているのだと感じた。今、外出を自粛しているせいで人と話す機会が激減した中、こうした「温度」のあるコミュニケーションができてとても嬉しかった。いつまでもこの時に感じた「温度」を忘れないように、ここに書き記しておく。不安な日々の中で、人々のために働いてくれている人たちに感謝してもしきれない。

 

 ・・・ところで、話は変わるが、PayPayの背景を元に戻すにはどうしたらよいだろうか? このクマの背景だが、タップして残高を表示するとクマの尻が表示される。せっかく裸のバーコードに服を着せたのに、タップするとプリプリのお尻を露出してくる。少し恥ずかしいので他の背景に変えたいのだが、変え方をすっかり忘れてしまった。

 

 今、私のPeyPeyは“隠れ露出狂のクマ”が背景になっている。